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2011年5月

2011年5月 6日 (金)

賤ヶ岳戦役3連戦

連休後半は部屋にこもってゲームの日々。GJ38号「賤ヶ岳戦役」のソロプレイ。

一回戦。最初は大体史実通りにプレイしてみました。

まずは順当に秀吉陣営は賤ヶ岳に陣地を設営。秀吉本隊は伊勢方面に進出し攻城戦を開始。

三次秀次、堀秀正を伊勢に進出させ、滝川一益に対応させます。

一方、雪解けを待って柴田陣営は勝家、前田、佐久間の主力部隊を賤ヶ岳に出動。

勝家の出陣を見て秀吉、秀長の兄弟が即座に賤ヶ岳に向けて大返し。第8ターンで両陣営が睨み合いの状態に。

野戦には強い柴田陣営ですが、ターンを重ねる毎にジリジリと損害が増え、結局、柴田勝政の討ち死にで秀吉陣営の状況マーカーが右端に到達。

15ターンにサドンデスで秀吉の勝ちとなりました。

二回戦。

本誌のリプレイコミックでは柴田陣営が琵琶湖西岸を京都に攻め入るパターンが書かれているので、湖西方面に攻撃主軸を変更して挑戦。

丹羽長秀、池田恒興などの中立武将が参戦する前に、できるだけ京都に向かってしまおうというプランでスタート。

対する羽柴陣営は、ひとまず一回戦と同様の立ち上がりです。

まずは豪雪による損耗をものともせず金ヶ崎を抜けて京都を目指しますが、1/3の確立で部隊が損耗してしまうのでかなりキツい。

更に任務数もサイの目に祟られ、柴田陣営は思うように進出できません。

そうこうしている内に伊勢方面の拠点が落城し、秀吉陣営へ池田、丹羽が参戦します。

こうなってくると湖西戦線は道幅が狭く、道に沿って一対一の消耗戦が続きます。

野戦に強い佐久間盛政を先頭に善戦しますが、羽柴陣営は秀吉を伊勢から瀬田を越えて湖北方面に向かわせ、秀長を賤ヶ岳方面に向かわせる挟撃作戦を実行。

ついには筒井順慶も参戦し、湖北戦線は羽柴陣営がジリジリ押し戻して北上してゆきます。

結局、最終の18ターンまで一進一退の攻防が続くのですが、最後は賤ヶ岳で羽柴秀長隊が柴田勝政を打ち破り、またしても秀吉陣営の勝利となりました。

三回戦。

さて、どうしても勝てない柴田勝家。確かに野戦では強力ですが、任務数の決定などサイの目の影響を受けやすく、なかなか思うように動けません。

さらに進出ルートは賤ヶ岳方面も湖西方面も狭い一本道で、戦線突破は容易なことではありません。

そこで勝利条件を見直してみました。

柴田陣営が勝つためには参戦トラック上で開始時より4ポイントまで奪取されても構いませんが、それ以上の損害を受けないように保つこと。

自軍拠点の落城と、若しくは武将の討ち死にで1ポイント。大将クラスの討ち死にで2ポイントのマイナスになります。

地図を見ますと、柴田陣営の拠点は関、亀山、峯、国府、神戸、桑名の6拠点が伊勢方面に固まってあり、長嶋、岐阜が木曽三川の東側。また湖北方面に金ヶ崎の合計9箇所があります。

金ヶ崎は賤ヶ岳より北で柴田陣営にとって最後の守り。ここが落城すると柴田の勝利は難しいと言えます。

岐阜は守備兵が多く、長嶋は河川に囲まれ攻略が難しい。すると羽柴陣営が攻略できるのは伊勢方面の6拠点に限られます。

逆にいうと、伊勢6城のうち2つを守りきるか、1つを守りきった上、秀吉陣営の城を1つでも落城させた状態で、武将クラスが討ち死にせずに最終ターンまで持ちこたえれば柴田陣営の勝利となる訳です。

そこで柴田本隊は北に陣地を設営して篭もり、滝川一益と神戸信孝に任せる戦略を考えました。名づけて「北の穴熊作戦」。

柴田本隊は栃ノ木峠の先に陣地を設営。佐々木隊は金ヶ崎を南下し、湖西方面の防衛に専念します。

一方滝川隊は長嶋から出陣し、桑名を防衛。

神戸隊は清水の攻略に成功し、桑名を守りきった上で清水を落城させるという最低限の勝利条件を達成したのです。

さて後は最終の18ターンまで、この状態を持ちこたえる事ができるかに掛かってきます。

とりあえずの勝利条件を達成されてしまった羽柴陣営は賤ヶ岳と湖西方面に猛攻を加えます。柴田陣営は陣地を設営し、ジリジリと消耗戦に持ち込みます。

ここで武将クラスの討ち死にがあると柴田陣営の勝利条件が達成できなくなるので、予備部隊が入れ替わりながら防衛に努めます。

秀吉苦戦!柴田勝利なるか!

ところが・・・。

柴田陣営はサイの目に恵まれず、充分な任務数を確保できませんでした。

なので損耗した部隊の回復もままならず、ジリジリと後退。

最後は金ヶ崎が落城し、勝利条件の確保が不可能となった時点で柴田側の投了となりました。

結論。

三連戦やって結局秀吉側の三連勝でしたが、ゲームそのものはかなり競った勝負になった印象でした。

秀吉陣営は思い切った部隊の展開が可能なので、ヘマをしないように部隊を運用すればそれほどの苦戦はしないと思います。

柴田陣営はサイの目次第といったところ。

ただ最後の穴熊作戦については、かなり秀吉を苦しめるところまでいったので、もう少し工夫できるのではないかと。

結論はもう暫く考えてからという事で。

2011年5月 3日 (火)

ダッチオーブンでキャンプ料理

今回は「お料理ブログ」です。

ゴールデンウィーク前半戦の3連休は、信州八ヶ岳の山荘で過ごしました。

毎年よく来ているのですが、ここでの楽しみはコレ。

Dsc_0050_2

ダッチオーブンを使ったキャンプ料理を作ります。

実はこの黒い鍋はもう10年来の相棒。スッカリ油がしみこんで真っ黒になってます。

まずは定番のローストビーフを作ります。なじみの肉屋さんでモモ肉の塊1.2キロを仕入れてきて下ごしらえ。

そんなに高い値段の肉でなくとも、美味しく仕上がるのがダッチオーブンのいいところ。

常温に準備した肉塊に、粗塩と挽きたての黒胡椒をまぶして暫く馴染ませた後に、おろしニンニクを塗りたくります。

充分味が染み込んだところで、表面を焦げ目がつくまでオーブンで焼きます。

強火で熱したダッチオーブンに入れてゴロゴロ転がすように焼いていきます。

全体にしっかり焼き目がついたら肉を一旦出します。オーブンの中を木ベラでこすってきれいにします。ここでニンニクが残ってくっついていると焦げたニオイが取れなくて肉が煙臭くなってしまうので注意。

その後、オーブンに入れてしっかり蓋をして弱火で約40分。熱しすぎてはいけません。

焼き上がりは金串をさして肉の中の温度を確かめます。中まで熱くなってしまったら焼きすぎです。ただの焼肉の塊になってしまいます。

肉の中心にあたる部分の金串が、暖かく感じるぐらいがちょうど良いです。

焼きあがったら直ぐに食べても結構ですけど、ここは暫くガマンしたほうが味が落ち着きます。アルミホイルで包んで粗熱をとり、冷蔵庫に一晩しまっておきます。

肉の中の肉汁が落ち着いてジューシーなローストビーフになります。

さて、翌日アルミホイルの中に染み出た肉汁を別のお皿にとっておき、バターと小麦粉とコンソメを使ってソースを作ります。

小麦粉をバターで炒め、コンソメスープでのばしたところへ肉汁投入。肉の香りがたっぷりのグレービーソースのできあがり。

Dsc_0043_3

付け合せのクレソンが手に入らなかったのですが、ちょうどワサビの花があったので添えてみました。

クレソンと違って苦味が少なくて、ほのかな辛味が結構あいます。

しっかりとタンニンの苦味の利いたフルボディの赤ワインをあけて、心行くまでローストビーフの味わいを楽しみました。最高でした。

                                                               

・おまけ-1

ダッチオーブンを使って釜飯プリンをデザートに作りました。

駅弁「峠の釜飯」はお釜の形をした益子焼の容器で有名ですが、捨てるに捨てられずに取って置いてあったので再利用。

Dsc_0044_3

大き目のダッチオーブンで釜ごと湯煎して釜飯プリンの出来上がり。

生クリームをホイップして乗っけました。一つで3人前ぐらいのメガプリンになります。

                                                                     

・おまけ-2                                                     

こんなアウトドアムードたっぷりの山荘ですが、実は部屋の奥にこんな棚が。Dsc_0048

もうやることもないだろうAHクラシックスや、当面やるつもりのない懐かしいゲームを保管してもらってます。

今や一生かかっても全てのコマを切り離す事すら難しいでしょうけど。

今回もいくつか自宅に持って帰りました。いつになるかはわかりませんがプレイできたらまたブログで紹介します。

でも改めてよく見ると同じ箱が2つあったりしてますね。

ちゃんとリスト作らないと・・・。

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